ドルフィンウォッチング

観劇や推しの活動の個人的なメモ。

思いは言葉に。

 はてなブログのホーム画面にある言葉です。
 「思いは言葉に。」


 今の思いを書きます。
 先ほど友達と飲み終えて別れました。まるで世界が終わってしまったかのような別世界に放たれたような気持ちです。
 酒は4杯しか飲んでいませんがかなり酔っぱらっています。おかげで涙が止まりません。


 友達は、彼女は、結婚してしまいます。
 結婚して東京に行ってしまいます。


 趣味からの友だちで私にとっては親友と呼べる人です。
 親友には確固たる推しジャンルがあり推しキャラがいて、それは私たちが最初にかぶった推しジャンル以降かぶることはなかったのですが、それでも大切な友だちでした。
 私はことあるごとに彼女に現推しの愚痴を話して意見を求めながら、推しの素晴らしさを一方的に聞かせていました。
 彼女はいつもニコニコ聞いてくれました。
 二次元に棲む彼女の推しの不変の素晴らしさや2.5次元化への不安、推しを取り巻く学級会の理不尽さをツマミにワインを傾ける日々でした。
 キョロ充であった20代前半から格好だけは大人になった今まで、あらゆる話題を議題に、ことあるごとに酒を飲んでは酔いに任せて語り明かしました。
 所詮はキョロ充の成り上がりですから終電までには切り上げて日付が変わる前にはお行儀よく家に着くささやかな飲み会ですが、同担には話せない秘めた気持ちを解放できるかけがえのない時間でした。
 そしてそんな日がいつまでも続くと思っていました。


 ですが彼女は結婚して東京へ行きます。

 もうずっと前から予告されていたことなのに最後の別れを告げた今になってじわじわと淋しさがわきおこります。
 もう飲みながら推しの愚痴を聞いてくれる人はいないのです。
 もちろん機会を作って会いに行ったり帰省の折に会うことはできますが、今までのように最寄り駅集合ね! と気軽に待ち合わせることはできません。


 もしも。


 もしも推しが引退した日には、こんな気持ちで酒を飲むことがあるのでしょうか。

 或いは、推しは明確に引退を表明せずにひっそりと表舞台から消えて行くのでしょうか。

 老いた私が香典を手向け焼香するその日まで、推しは推しのままでいてくれるでしょうか。