ドルフィンウォッチング

観劇や推しの活動の個人的なメモ。

エンゲキノマド第一弾「フェイス FACE/FAITH」


face...顔、表情、対面する
faith...信頼、信仰、誠実、約束



 2020年6月にオンライン朗読劇として配信された、エンゲキノマド「フェイス」の感想です。
 
 配信で谷佳樹さん×平野良さんペアを見て、面白かったのでDVDを買って他ペアも見ました。
 精神科医と多重人格の元患者って設定がオタクに刺さりすぎた……!

 夏の自粛中に配信されたいわゆるリモート朗読劇で、俳優は距離を保った上でそれぞれのカメラを向いて演じます。
 そのため相手に向ける表情を余すところなく見られてすごく良かったです。
 配信された3ペアすべて1本のDVD収録にされていて演技の違いも楽しめます。

 ネタバレなしには語れないので、以下に書きます。




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 【あらすじ】
 精神科医である小和田悟志は、解離性同一性障害でかつての患者であった瀬尾一樹を9年ぶりに訪ねる。
 小和田の目的は、一樹の交代人格で頭脳明晰なタクミに行方不明になった妻の事件を分析してもらうこと。
 治療で統合したはずの他人格を呼び出すことに小和田は葛藤するが、小和田を慕う一樹は協力を申し出て、小和田は催眠をかける。

 性自認が女性でギャルのレイカ、暴力と狂気にまみれたムツオという他の強力な交代人格が出てきてしまう中、ようやくタクミと会話することができたが、当初小和田の想定していた犯人像は否定されてしまう。

 会話するうちに以前から妻につきまとっていた女性がレイカではないかと思い至り、それは事実であったため、妻をさらった犯人がムツオではないかと疑う小和田。
 ムツオは過去に一樹の母親の交際相手を殺し、他の交際相手たちも行方不明や自殺に追い込んでいた。

 だが再度あらわれたタクミによって、妻を襲って井戸に閉じ込めたのは、他ならぬ小和田自身の交代人格だと指摘される。
 普段の小和田とは似ても似つかない乱暴な交代人格は、一樹の他人格と同様に、母親からの虐待がきっかけで生まれた存在だった。

 真相を知ったタクミは小和田の交代人格を眠らせ、自分は手紙を残して『自首』をする。
 翌朝、警察からの電話で小和田は、妻が生きて発見されたこと、犯人が一樹であること、さらに末期癌であった一樹がすでに息を引き取ったことを知る。
 一樹からの手紙の最後にはこう綴られていた。

 「僕にとっては先生があのときにかけてくれた、あの言葉が生きるすべてでした。
  『君と俺は、魂の片割れだ。
  だから俺は、どんなことがあっても君を守る。』


****


 最後の救いのなさに呆然としてしまいました……。

 出だしから不穏な感じの話ではありましたが、重い。
 自分を救おうとしてくれた小和田のために罪をかぶった一樹のこと、罪を犯した自身の他人格のこと、小和田は気づいていたかのかな。

 初見では、平野さんの演技で小和田は自身の罪には気づいていないと思ったんですが、あらためて手紙を読んだ時の涙を見ると小和田もすべてわかっていたのかなとも思えます。
 でも、小和田の交代人格も罪もすべてを一樹が背負って、少しでも先生の役に立てたらっていう一樹の願いがかなえられてたらいいなと思わずにはいられませんでした。


 作中には二人だけしか出てきませんが、交代人格の演じ分けがあり、会話劇の盛り上げポイントになってます。
 細かい部分はペアによって微妙に解釈が違うんですが、小和田は優しくてちょっと気弱、交代人格は粗野な男という2役。
 一樹は繊細で不器用な青年、レイカは天真爛漫で人の話を聞かないギャル、ムツオは狂気と暴力、タクミは冷静で理知的という4役の演じ分けになります。

 平野さんの小和田、普段は静かに患者の話を聞いてくれるんだろうなあという真面目さと穏やかさ。
 近年クセつよつよの役が多い中で引き算ぷりが素敵。
 シワだらけのシャツ、伸びっぱなしのセットしてない前髪、ほぼすっぴんの素肌に妻の失踪で憔悴した雰囲気が出ています。

 他のキャストさんよりもかなり繊細な先生で、行方不明後の72時間の壁(=妻の命が助かるタイムリミット)をめちゃくちゃ意識していますね。
 タクミに縋りつく時とか取り乱し方がすごい。
 この役作り、古すぎて伝わらないかもしれませんがTVドラマの「沙粧妙子-最後の事件-」の浅野温子さんを彷彿とさせました。
 なので小和田にも人格障害があったというどんでん返しのオチにすごい説得力を感じる。
 この小和田の焦りが3ペアの中で一番息苦しい緊迫した空気を作っていました。

 そして感情が高ぶって薄い皮膚から顔の赤みが透けてるところ、そんな状況じゃないのにとってもよい色気でした。
 こんな色っぽい先生ストーカー100人くらいいそうで心配になるな。

 それと、催眠をかけるときのしっとりした声もめちゃくちゃよい。
 というか全体的にささやくように甘め、やわらかめを意識した感じの声ですごくいい。
 交代人格はめちゃくちゃ治安の悪いシャーロックみたいな感じでそれもまたかっこいい。
 低く地を這うような声。ぞくぞくする。病みすぎてて怖すぎるけど。


 谷くんの一樹は覇気なくぼそぼそ喋るので、クリーニング工場で日がな一日シーツを眺めていれば何も考えずに済む、というセリフがしっくりきます。
 生きることに執着がなくて、でも小和田とのたまのメールや手紙のやりとりが唯一彼を繋ぎとめている。
 だから小和田が彼を訪ねてきてくれたことを顔に出さずともすごく喜んでいたはず。
 なのに9年ぶりの再会の目的がタクミとの会話だと知ったとき、傷ついてるのがすごくわかるし、小和田のためだからって受け入れるのがとにかく切ない。
 一樹は親にも他人格にも人生をめちゃくちゃにされた主人格なのにね。

 そうやっていつも我慢している分がレイカのはっちゃけキャラにつながっているのですが、平野小和田先生は3ペアで一番レイカに塩対応。
 他のペアだとレイカの勢いに圧倒されてそこだけかなりコメディタッチに切り替わるのですが、この谷平野ペアは笑いもありつつ、とにかくレイカ早く話し終わって!いま大事だから!って気持ちにさせられました。
 レイカも小和田が好きすぎて空回っちゃうしストーカーまがいのことしちゃうんだけどね。
 その痛々しさもまた切ない。
 一樹とレイカは小和田が大好き、タクミは一樹が好き、ムツオは自分たちを消そうとしたり一樹を傷つけたりするものすべてを憎むので一樹に好かれる小和田は一周回って大嫌いって感じでしょうか。
 この感想を書くために谷くんのブログ見たら、小和田41歳で一樹27歳という設定だと知りましたが、演技の印象だと二人とももう少し若く感じました。


 オチは重くて引きずるし急展開だし、設定とかいろいろ考えちゃう部分もあるけど、舞台としての面白さはすごく感じました。
 二人芝居といえば今年の頭にウエアハウスがありましたが、あれよりは断然エンタメ度高め。
 みんなこういうの好きだよね? ってスマートに差し出してくれるの、さすが西森さんです。

 多重人格の推しとかヤンデレな推しとか大抵のオタクが見たいやつだし、もっといろんな人に見てもらいたい作品なんですが、配信は終わってるしDVDも受注生産っぽいですね…。
 再演、していただけるのかなあ。
 劇場で見たい。


 さて、他ぺアの話も少々。

 伊藤裕一さん×坂元健児さん。
 本家オリジナルあて書きペア。不動のオリジン。
 安定感がすごい。
 とくに伊藤さんのレイカが圧巻でした。そうだねブラジャーしてないね。
 全体的にそんなに大げさにしてないのに演じ分けがとにかくクッキリパッキリしてて、空気を切り替えるのがめちゃくちゃお上手。

 伊藤さんはツイッターでDのアレが盛り上がってたときにお名前を知ったのですが、その時に写真を見ただけで「あーこの人のことは結構好きになっちゃいそうだから近づかないでおこう」と久しぶりに思った方でした。
 思えば10年くらい前にテニミュの平野さんにもおんなじようなこと思ってた。
 沼の深さを知る人よ。
 モンテクリスト伯で共演がかなわなかったの残念でした。年末ちゅ~る楽しみにしてます。

 坂本さんはとにかく常に優しくて精神的にも肉体的にも包容力を感じる先生。
 レイカが先生のこと「ガチムチ」って言うのなんでかと思ったら坂元さんアテ書きだからなのね。
 だからこそ交代人格であんな豹変するとは思えなくて、そこの怖さが本来のこの作品の味わいだったのかしら。
 谷平野ペアの出だしからずっと病んでてバランス崩したら一気にどうにかなりそうな危うさ、オリジナルではないからこそかもしれません。
 全体を通してのセリフの聞き取りやすさはこのペアが一番で、ベテランの凄みを感じる仕上がりでした。



 安西慎太郎さん×林田航平さん。
 安西くんは間違いないだろうなあと思いましたがやっぱり間違いなかった。
 彼の一樹は一番無理して明るくふるまってる感がありますね。先生のために元気になったよアピールが感じられる。
 相席居酒屋でナンパしてくるメンズエッグモデルは安西くんが一番ちゃらくて好き。笑
 そしてムツオのヤバさがエグい。
 狂気といえば安西慎太郎。
 一番少年っぽい一樹なので最後の選択の悲愴さが増します。
 林田さんは一番普通の先生、近所にいそうな人って感じがして真相を知ったあとの絶望がすごい。
 メガネがすてき。レイカのセリフもメガネになっていました。


 ちなみにこのシリーズ、第一弾と銘打たれていますがその後7月末には舞台が再開されたためか、今のところ続編はありません。
 普段通りに舞台が上演されるに越したことはないんですが、こういった手段で絶えずエンタメを提供しようと試みてすぐに行動に移してくださるのはすごいことだと思いました。
 そして取り組みの最初に推しに声がかかったこと、とても誇らしく嬉しかったです。




エンゲキノマド「フェイス」
脚本・演出:西森英行

配信期間
[6月9日(火)19時〜15日(月)23:59]
出演:伊藤裕一・坂元健児

[6月16日(火)19時〜22日(月)23:59]
出演:谷佳樹・平野良

[6月23日(火)19時〜29日(月)23:59]
出演:安西慎太郎・林田航平

[6月30日(火)19時〜7月6日(月)23:59]
出演:伊藤裕一・坂元健児 (浅草九劇ver.)



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